Aug 05, 2011

コー​​ルセンターに勤務して良かった。

発声練習から始まるタイプ。コー​​ルセンターを介して、様々な技術を学んだ。地域性の言い方をもっと聴いて容易に発生することが、相手がわかりやすく説明するにはどうしたらよいか?などの技術を磨いた。最初は不満になりそうなものもたくさんあったが、徐々に説明よくされて、"ありがとう"と電話をたくさんできるようになった。そうなれば、コールセンターで働いてよかったとやりがいを感じている。
電話代行は、専門のオペレータが要求を受けた会社に代わって、外部からの電話を受けるサービスで、従業員の代わりに、お問い合わせ等の電話に返事をしてくれます。電話代行は、委託会社の概要や取り扱っている商品サービスについての知識を持っていなければ出来ない仕事のために、秘書代行ということも従業員の人件費の削減にも効果があります。
 ◇関甲新学生野球リーグ入替戦(5日・平成国際大野球場)
信州大(1敗)
  200000000=2
  30103000×=7
高崎経済大(1勝)
常磐大(1勝)
  001000000=1
  000000000=0
作新学院大(1敗)
 (常)一丸−高野
 (作)吉澤、斎藤−波田

6月6日朝刊

 震災から間もなく3カ月。「(気持ちが)落ち着くと思ったのですが……」。津波による甚大な被害を受けた岩手県宮古市の田老地区に住み、現在は同市の避難施設に身を寄せる金澤純二さん(63)は、そう切り出した。
 日常のふとした瞬間に、「3月11日」が金澤さんの脳裏をよぎるのだという。
 例えば、支援物資を送ってくれた知人に礼状を書こうとする時。いつものように愛用の万年筆を手に取ろうとすると、金澤さんはそこで万年筆が津波で流されてしまったことに改めて気付かされる。
 30年ほど使ってきた万年筆。「いつも使ってきたもの、使いたいときに使うものがなくなった。日に日に悔しさは増します」。話の内容とは裏腹に、金澤さんは終始穏やかな口調だった。かみしめるような一言一言が、金澤さんの無念さをより際立たせていた。
   ◆  ◆  ◆
 明治と昭和初期に大津波を経験してきた田老地区では、被害を防ぐための防潮堤が築かれている。約2・4キロにわたって町を囲むその姿は「万里の長城」とも形容されていた。
 防潮堤には、「高さ4・5メートル」と書かれたボードが掲げられている。「小さいころは防潮堤の上に上って遊んだりもした」。防潮堤のすぐ近くに住んでいた中嶋盛規さん(58)は当時を振り返る。「大人になっても防潮堤は高いものだと思っていた」と中嶋さんは話す。
 震災後、勤め先の魚市場からやっとの思いで自宅にたどり着いた。目にしたのは「高いと思っていた」防潮堤を乗り越えた津波が、住み慣れた町をのみ込んだ姿だった。「今では(防潮堤が)低く感じるなあ」。中嶋さんは家屋がほとんどなくなった自宅周辺を見回しながらつぶやいた。
   ◆  ◆  ◆
 金澤さんも中嶋さんも、家族は無事だった。しかし、被害の大きさにかかわらず、被災した人の数だけ悲しみ、喪失感がある。先月31日からの岩手での取材は数日を残すのみだが、希望を無理やり見いだすのではなく、多くの悲しみにも向き合って筆を進めたい。希望を語るのは、その後でよいはずだ。【岩壁峻】

6月6日朝刊

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 【ニューヨーク4日新垣毅】10月の第5回世界のウチナーンチュ大会をPRするため米ニューヨーク市を訪れた仲井真弘多知事は4日午後(日本時間の5日午前)、米中枢同時テロで崩壊した世界貿易センタービル(WTC)跡地を訪れた。
 仲井真知事は「アメリカのシンボル的なビルが破壊され、一瞬のうちに多くの人々の命を奪った。哀悼の意をささげたい」と語った。
 仲井真知事は旧通産省の職員時代、29歳だった1969年から3年間、ニューヨークに派遣され、住んだ経験がある。そのころを振り返りつつ「世界貿易センタービルのことはよく覚えている。センターの中にはよく知ってる企業も入っていた。テロが起きた時は、大変驚いた」と実感を込めて語った。

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 【ニューヨーク4日新垣毅】米国のニューヨーク沖縄県人会(てい子与那覇・トゥーシー会長、約300人)は4日夜(日本時間5日午前)、10月の第5回世界のウチナーンチュ大会をPRするためニューヨーク市を訪れた仲井真弘多知事に対し、東日本大震災の被災者を支援する義援金127万4086円を託した。
 義援金は県人会の若者らでつくる「モーアシビー軍団」が会の外への募金を最初に呼び掛け、県人会のメンバーの間に広がり、多額の寄付が集まった。与那覇会長は「被災者はまだ大変な状況だ。まだ私らの募金活動は続いている」と話した。これに対し、仲井真知事は「ありがとうございます」と感謝した。

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