Aug 07, 2010

以前と違うの不動産投資

中古ワンルームマンションで家賃収入を得ようとしているサラリーマンが増えているようだ。以前は、不動産投資と、土地などを販売してキャピタルゲインを得ようとする動きが活発化したものだが、最近では、使用料収入を得ようとする不動産投資が活発なようだ。さらに、会社員にも手が出せないような不動産投資になっている。
アパート事業を継続すると、様々な法律問題に直面している場合があります。 1 ·裁判所の調停制度この制度は、法律上のすべての問題を扱うことができます。 2 ·簡易裁判所の少額訴訟制度、3 ·簡易裁判所の督促手続き、4.4正式裁判、5 ·弁護士会の調停制度、6 ·強度執行手続等のマンション事業では、どのような場合にどのような"裁判制度"などを使用することができるか裁判所の利用方法と法律知識を身に付けておきましょう。
【震災を歩く】

 東日本大震災で世界各国から日本に対する支援が行われる中で、韓国の動向が気になった。特派員としてソウルで3年近く過ごし、その間竹島や歴史問題などぎくしゃくした場面が多かったからかもしれない。

 もちろん、実際には韓国は何のわだかまりもないかのように活発な支援を行っている。被災したわけでもない私のところにソウルの友人から食料品や乾電池などが大量に届いたのには苦笑してしまったが。

 被災地にも、多くの韓国人が住んでいる。彼らがどんな思いで震災と闘っているのか。仙台市の在日本大韓民国民団(民団)宮城県地方本部に李根●(イ・グンチュル)団長(57)を訪ねた。

 ◆魂揺さぶられた

 震災5日目、李さんたちは宮城県女川町に入った。目的は民団団員の安否を確認し、物資を届けること。ふだんは地域の日本人との接点がむしろ希薄なだけに、支援対象を団員の韓国人のみと想定していたのも当然といえば当然だった。しかし、高台の女川町立病院から、町の様子をみたとき、何かが変わった。

 「身震いするようなすさまじさだった。あの光景を見たら、誰もが被災地のために何かしなくてはいけないと思う」。一瞬にして“日常”が消え去った光景を目の当たりにしたとたん、李さんの中から「同胞」という枠が吹き飛んだ。「国籍も何も関係ない。すべての人を支援しなければ」

 民団宮城は石巻市や南三陸町などの避難所で、プルコギやトックといった韓国料理の炊き出しを実施、約3700食を提供した。そのために100人分を一度に調理できる大鍋3個も新たに購入した。

 民団兵庫県地方本部によると、阪神大震災のときも民団は被災地で炊き出しなどの活動を行っている。ただ、このときは支援物資の配分は韓国人中心にするなど同時並行だった。今回のように完全に国籍の枠を取り払った支援は、民団始まって以来のことといってもいいかもしれない。

 李さんと同じように女川町立病院から海側を見ると、家も何もない光景に息をのむ。被災直後の状況を見た李さんがどれほどの衝撃を受けたかは彼の言葉から想像するしかない。「この地で生き、土になると決めたのだから助け合うのは当然なのだが、それ以上に、圧倒的な大きさの災害を目にして魂が揺さぶられたとしかいいようがない」

 ◆「ここで頑張る」

 「こんなに頑張っている女性もいるんですが」という李さんの紹介で同町の仮設住宅に須田好江(李賢淑)さん(53)を訪ねた。好江さんは、女川港から11キロの沖合に浮かぶ出島(いずしま)の日本人漁師に釜山から嫁いできた。島で約20年、家業であるギンザケやホタテの養殖を手伝う日々だった。

 大津波は丹精込めて育てた魚介類を水揚げする直前に襲ってきた。家族は無事だったが養殖場も、築1年の家も、飼っていた犬もすべてのみ込んでいった。

 2週間ほどたって、身を寄せていた石巻市の避難所から自衛隊のヘリで島の様子を見に行った。「何もかも破壊し尽くされていた。想像以上で涙も出なかった」という。故国の弟や親戚から「子供を連れて韓国に戻ってこい」と再三促されながらも、「一番大変なときに帰ってどうするの」と断り続けた。3千万円近い借金が残ったが、今年11月には養殖業を再開する、と表情が緩む。

 「韓国に帰りたくないのか」と問うと、すかさず島の方言が返ってきた。「日本に嫁いだのだから、ここで頑張るのが当たり前だっちゃ。震災前は挨拶する程度だった人から本当に親切にしてもらった。全国からの支援もありがたかった。恩返ししなければ」

 ◆海外の称賛に勇気

 震災後、海外からは冷静で秩序正しい被災者に対する称賛の声が相次いだ。災害に直面したときの日本人のこうした態度は常に外国人を驚かせている。阪神大震災でも海外メディアは同様のニュースを報じた。

 さかのぼって、大正12年の関東大震災でも同じだった。例えば、当時の駐日フランス大使で詩人、劇作家のポール・クローデルが、午前11時58分の震災発生からわずか数分後、正午を告げる号砲がいつもと変わらずとどろいたことを驚きと尊敬を込めて記している(「孤独な帝国」)。

 海外からほめられるのは素直にうれしいし、力にもなる。しかし、それ以上に未曽有の国難に直面したこの国で、ともに暮らし、日本人と一体となって闘う外国人の姿は、私たちを勇気づけてくれる。(水沼啓子)

●=くさかんむりに出

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